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後方支援は戦争ではない?

 日本人は、後方支援は戦争にはあたらないと考えている。国会でも、自民党と民主党は自衛隊の海外派兵について激論は交わすものの、この点だけは一致していたように思われる。後方支援なら、戦争ではない、という前提である。

 さて、ちょっと考えればわかることだが、これは嘘である。

 戦争というのは、戦場で激突する会戦だけを言うのではない。孫子の兵法にも出ていることだが、古くから、相手の補給部隊を攻撃し物資を経つことは、立派な作戦であり、もちろん戦争の一部である。補給部隊を攻撃してはいけないなどというルールはない。後方支援というのは、前線と同じように相手の攻撃対象になる。
 イラクやアフガンでそうならなかったのは、アメリカに対して相手が弱小すぎたからだ。軍事力が互角の戦争なら、後方支援は安全であるはずがない。また、自分が敵側なら、当然、相手の補給路を経つことを狙うだろうから、後方支援の自衛隊は作戦目標になる。繰り返すが、そうならなかったのは、たまたまイラクやアフガンが弱小だったからである。
 
 後方支援は、歴史上、どこから見ても、立派な戦争である。
 
>第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
>2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 さて、日本は岐路に立っている。

 アフガンやイラクでやってきたことが正しいなら、憲法はもう破綻している。
 憲法が正しいなら、アフガンやイラクでやったことは憲法違反だ。

 後方支援が戦争ではないという前提の上に、両者は矛盾しないと説明されているのだが、その前提が間違っている。

 後方支援は戦争である。日本人は太平洋戦争の印象があまりにきつかったせいで、戦争といえば玉砕とか、大空襲とか、原子爆弾とか、とかくでかい連想をしがちである。これはこれで大切なことなのだが、だからといって、それらにくらべたら派手さのない補給や後方支援を、戦争ではないと考えているとしたら、考え違いだ。後方支援は立派な戦争の一局面、一手段である。

 つまり、日本は戦争を、やってしまったのだ・・・。

 思えば日本は1937年に盧溝橋事件で日中戦争の戦端を開いてから4年もの間、これは戦争ではない、支那事変という「事変」だ、と言って、戦争していることを認めなかった。
 今回も、後方支援だから戦争ではないという。
 
 どうも、このあたりの日本の悪癖は、60年前と変わっていない。戦争なら戦争だと、国民にはっきり言えばいいのに、今も昔も、詞じりでごまかすのが、日本流であるようだ。

*国際法では、民間船であっても、敵国の軍事物資を輸送している場合には補給部隊とみなされ、攻撃してもよいことになっている。つまり、民間船であっても、戦争の手助けをする活動をしていれば、戦争に参加しているとみなされ、民間船だから・・・という理屈は通らない。
 自衛隊は歩兵も艦船もみな最新兵器で武装しているのだから、まあ誰が見ても、立派な戦争である。

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